トップページ > コラム > Net de コラム > Vol.44 反発を受けない広報
広報テーマの中には、「一般論としては必要性を認められても、一人一人の個人からは同意が得られにくい」というようなテーマが多い。「ゴミ焼却場は必要だが、近所につくるのは賛成できない」「投票は市民の義務だが、自分が投票しなくても大勢には影響しないだろう」「少子化傾向は問題だが、だからと言って自治体が出産を奨励するのは余計なお世話だ」など。これらの共通点は、一般論として広報することに対してはそれほど異論は出ないが、しかしそれが伝わったからといって、一人一人の行動を変えることにはつながりにくいことである。
第一のタイプは、「ゴミの焼却場」のように社会全体の利益と個人の損得が必ずしも一致しない場合で、「社会的ジレンマ」と呼ばれる。この場合は広報以前に、利害関係のある個人との調整・取引によって妥協点を見いだすという「交渉」が必要になり、広報の役割は、その交渉結果を当事者や一般市民に納得してもらうことになるのだろう。
第二のタイプの「投票」の例は、一人一人の個人の協力が全体の成否に重要な関連を持っているという「自己効力感」の確信が必要になる。その確信を抱かせた上で、個人レベルでの具体的な行動の実行を促す広報が行われることが望ましい。
第三のタイプの「少子化対策」のような問題は、広報の話法に関係している。出産を奨励することは、「個人の思想や行動の自由を侵害する」という反発を受けかねないからである。「子どもを生むかどうかは強制されるべきではない」「たばこを吸うのは個人の自由だ」「投票をしない権利があってもよい」。これらは説得されること自体に対する反発で、「個人の選択の自由が脅かされると、それを回復しようとする方向に気持ちが動く」という「リアクタンスの心理」と呼ばれている。
現実に、政府の少子化対策広報では「出産促進」という表現を避けて「育児支援」や「ワークバランス」の働き掛けに形を変えている。つまり、出産の障害となる原因を減らすような制度支援を行い、それを広報しているのである。このような制度的な支援は必須だが、同時に、市民に「自分には選択の自由が与えられている」という気持ちを持たせておくことが(反発を招かないために)重要である。「子どもを生むか生まないかの選択は自由であるが、マイナス要因が減ってプラス要因が増えた」という理解が深まることが広報の強調点となっている。
「いつまでもテレビを見ていないで、宿題をしたら」と言われた子どものころのほろ苦い思い出から、正論の主張が必ずしも同意を生むとは限らないということが実感できる。説得される側が(反発しないで)、自らその気になるためには、広報目標をそのまま標語にしたような説得ではなく、本人にとっても利益になり、自分の行動が大きな成果に役立っており、自分自身に判断が委ねられている、という気持ちを抱かせるような、説得話法が必要であるようだ。
にしな さだふみ
1941(昭和16)年生まれ。電通マーケティング局を経て、青山学院大学教授に。専門は、社会心理学、広告心理学。著書に『広告効果論』『マーケティングリサーチ入門』『新広告心理』など。