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石原信雄の世相診断 Vol.21

道州制の導入と地方行政制度の改革

「道州制を導入すべき」とした地方制度調査会答申

地方制度調査会は、地方自治制度の在り方などについて調査・検討し、その改革案などを総理大臣に答申する内閣の諮問機関です。去る2月28日(2006(平成18)年)、その地方制度調査会の諸井虔会長が、小泉総理大臣に対して「道州制を導入すべきである」との答申を行いました。

ご承知のように現在の地方自治制度は、住民生活にもっとも身近な行政を担当する市町村と、広域的な行政を担当する都道府県の二つからなっています。この都道府県を廃止して、より大きな区域をエリアとする「道」または「州」といった広域自治体をつくるということが、いわゆる道州制論です。ではなぜ、この議論が出てきたのでしょうか。

 

社会の変化と市町村合併が道州制論を後押し

一つは、交通や通信手段が発達し、国民の経済活動や生活圏域が大きく変わってきたことが挙げられます。そのため、高速道路の整備や大規模な都市計画、河川の改修事業、さらには飛行場や港湾の整備といった社会インフラの整備については、現在の都道府県の区域にとどまらないもっと広いエリアで一元的に行う要請が強まっているのです。

現在の府県制度は、今から140年ほど前の明治維新の際に生まれました。いわゆる廃藩置県をベースにしてでき上がった府県の区域が、それから100年以上たったいまも、そのままの形で続いてきているわけです。そのため、広域行政を行おうとする場合、「現在の区域では狭すぎる」「非効率だ」という意見が強くなってきているのです。

一方、戦前の市町村の単位は明治の大合併の際に決まったものですが、その区域は新しい地方自治法の制定後、いわゆる昭和の大合併によって約3分の1に再編成され、さらに今回の平成の大合併で3,200余りから1,820にまで再編されました。これによって市町村、特に都市の行財政能力は飛躍的に高まっており、都市の中には「現在、府県が担当している仕事の相当部分は都市が担えるのではないか」「むしろ都市にとって今の府県制度は二重行政になる、無駄ではないかと」いう意見も出てきています。

このように交通・通信手段の発達といった世の中の変化と、市町村合併の進行という二つの要素から、現在の府県制度を見直すべきだという意見が強くなり、地方制度調査会も21世紀の地方制度を考えるに当たって、「広域行政は現在の府県を廃止して、数府県を統合した道州に変えることが望ましい」とする答申を行ったわけです。

 

地方分権が徹底するという声と危惧する声

ところで道州制には、ほかにどのようなメリットがあるのでしょうか、また反対意見はあるのでしょうか。

道州制になると、「東北、関東、中部、近畿、中国、四国、九州といった各ブロック単位に置かれている国の行政機関の大部分を道州に吸収できるのではないか、そしてその道州が完全な地方自治体として構築されるのであれば、地方分権は一層徹底されるのでないか」と言われています。それは小泉内閣が進めている「官から民へ」によって行政をスリム化するとともに、「国から地方へ」によって行政の無駄を省き、住民にとってより望ましい地方行政が実現できるというわけです。

一方、こんなデメリットも指摘されています。それは、道州制に移行すると従来の府県よりも広い区域をベースに行政が行われることになりますから、「住民の声が届きにくくなるのではないか」「住民との距離が遠くなり、本当の意味での地方分権にはならない。道州そのものが官僚化してしまうのではないか」といった危惧(きぐ)です。

しかし私は、中央政府の仕事は外交や防衛、貿易といった国全体として処理しなければならないものだけに特化して、それ以外はなるべく地方に任せることが望ましいと考えています。ですから、いろいろ危惧することがあっても、道州制は地方分権にとってプラス面が多いし、これからのわが国の在り方を考える上では望ましい方向だと思っています。

 

道州制の早期実現を望む経済界

そんなに結構な制度であるならば、一日も早く実施すればよいのではないかという意見があります。特に経済界では、事業を広く展開する上で現在の府県の行政エリアは狭すぎると考えている人が少なくないようです。認可一つを受けるにも、いくつもの府県でいちいちチェックされるのは迷惑だと、それならば東北なら東北一円で行政が行われれば、経済活動も効率がよくなるということで、経済界は昔から道州制の早期実現を望んでいるわけです。

また、現在は東京に経済・文化・情報が一極集中する傾向にあります。中央政府の権限を大幅に道州に移すことによって、東京一極集中が緩和されるのではないかとの期待も寄せられているわけです。

一方、中央省庁では、地方行政を担当する総務省には地方分権の推進になるとの理由で賛成する声が強いのですが、それ以外の省庁では一般的に反対する人が多いように思います。それは、中央省庁がもっている権限が大幅に地方に移ってしまい、そのため国家公務員の恐らく6割から7割が道州の地方公務員に替わらなければならなくなる可能性があるからでしょう。

一方、当事者でもある都道府県の知事さんには、数からいうと賛成の意見が多いようですが、反対する人も中立の人もいて、その意見も様々です。

 

市町村により一層求められる「住民のための行政」

こうした状況の中で、道州制の実現の見通しはどうかと問われれば、「時間をかけてその方向に進むことになるのは間違いないが、すぐに実現するのは難しい」と言わざるを得ません。なぜなら道州制の導入は、わが国の国家体制そのものを大きく変えることを意味し、それには国会議員や中央省庁の理解がまだまだ十分ではないからです。

しかしながら、21世紀のわが国の姿を考えれば、グローバル化はいま以上に進むでしょうし、少子高齢化の問題も逼迫(ひっぱく)しています。現在の府県の単位では、広域行政への対応は更に難しくなっていくに違いありません。いずれにしても、道州制はこれからの地方行政の一つの方向を示すものです。そして何よりも、道州制の議論が深まれば深まるほど、市町村にはいままで以上に住民のための行政をより効率的に執行できる体制の整備、体質の強化が求められるようになっていくことを肝に銘じてほしいと思います。

2006(平成18)年4月掲載

石原信雄の写真 石原 信雄

1926年生まれ。
52年、東京大学法学部卒業後、地方自治庁(現総務省)入庁。82年財政局長、84年事務次官、87年(~95年)内閣官房副長官(竹下、宇野、海部、宮澤、細川、羽田、村山の各内閣)を務める。
現在、公益社団法人日本広報協会会長、一般財団法人地方自治研究機構会長。

 

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