去る9月11日(2005(平成17)年)の総選挙において、自民党は296議席を獲得しました。連立与党である公明党の議席数を加えれば、480の総議席の3分の2を超える地すべり的な勝利となったわけです。
小泉内閣がこのような大勝利を勝ち得た理由は二つあると思います。一つは、小泉総理の改革に取り組む姿勢が評価されたことです。郵政改革関連法案は、その提出に至るまでの過程において、与野党を通じて多くの議論がありました。通常国会において、衆議院では可決されたものの、参議院では否決され廃案となりました。この間、小泉総理は終始一貫、郵政改革を主張し続けました。その不退転の姿勢が、国民に評価されたのです。
わが国はいま、たいへんな財政危機に陥っています。これを放置すれば、これからの国民生活に重大な影響が出てくるであろうことを、国民の多くが認識しており、それが一種の社会不安になっていると思います。この財政危機を乗り切るためには、歳入・歳出を通じた大胆な改革が必要であることを国民は感じており、その改革を成し遂げる役割を小泉総理に期待したに違いありません。
自民党が大きく勝利したもう一つの要因に、選挙制度改正の影響があることも否定できません。ご承知のように、今回の総選挙は小選挙区比例代表並立制の下に行われました。300の選挙区でそれぞれ一人の議員を選ぶという小選挙区制度の方法では、相対的に多数の票を得た政党が一つの議席を独占することになります。その結果、国民の相対的多数の支持を得た政党が圧倒的多数を獲得する可能性があるわけです。今回の選挙では、小泉政権の改革の姿勢を国民の多くが支持した結果、圧倒的多数の議席を得ることになったのでしょう。
いずれにしても、小泉政権は衆議院の議席の3分の2を超える数を国民によって与えられました。これはたいへんな力になります。問題は、小泉総理が国民から与えられたこの力、言うなれば「スーパーパワー」を何に使うかということです。もちろん、選挙の最大の争点となった郵政改革関連法案は、この秋の特別国会において成立することでしょう。
問題はその後です。初めに述べたとおり、わが国の財政はまさに危機的な状況に陥っています。この財政危機を打開するための抜本策を一刻も早く打ち出すことが、国民の信任にこたえる上で何より大切なことだと思います。
そこで、私があえて小泉総理に申し上げるならば、たとえ国民の不人気となる可能性のある事柄であっても、財政再建のために必要な政策であるならば、ぜひこれを実行してもらいたいということです。政権基盤の弱い内閣では大胆な改革はできません。政権基盤が強い内閣であればこそ、国民に不人気の政策であっても、必要な政策は遂行できるのです。
しからば財政危機を乗り切るための改革として何が必要か。まずは歳出の徹底した見直しです。これは抽象的なことを言っても意味がありません。できるだけ具体的な方向を打ち出してほしいものです。
例えば、社会保障制度が現行のままであれば、年金、医療、介護を中心とする社会保障関係経費は高齢化の進行に伴って、際限なく歳出が増えていくことでしょう。私は、この国の財政が破綻(はたん)しないよう財政が耐えうる範囲で社会保障制度を維持できるように、給付の思い切った切り下げと、負担の思い切った引き上げをぜひ具体的に示してもらいたいと思います。
さらに構造改革を進め、財政危機を乗り切る上で重要なことは、現在の国と地方を通じた行政の仕組みを見直すことだと思います。すなわち、現在は社会保障にしても、教育にしても、産業振興にしても、公共施設の整備にしても、あらゆる行政分野にわたって中央政府が法令の制定や補助金の交付を通じて、地方をコントロールしています。そうしたシステムが長年存続した結果、地方自治体や一般住民の間に、国に対する依存心、甘えの構造が根づいてしまっているのだと思います。そしてこの仕組みを変えない限り、本当の意味での構造改革はできないのです。
要は、国内行政については地方自治体が第一義的な責任を負い、その行政に要する経費──社会保障にしても、教育にしても、産業振興にしてもいろいろな行政施策、行政サービスに要するコストは、基本的にはその恩恵を受ける住民が直接負担する地方税によって賄うという仕組みに大胆に切り替えることです。私はこうすることによって初めて、負担に見合った歳出を国民が納得し、我慢するという流れが出てくると思います。
現在のように、あらゆる行政について中央政府がイニシアティブをとり、その財源は国税で徴収し、それを補助金や交付税として地方に還元するという仕組みでは、行政サービスと住民負担の直接的な結びつきが出てこないわけです。このような仕組みの下では、歳出を削減するにも大きな抵抗があり、また増税するにも大きな抵抗が生じるわけです。こうした仕組みを根本的に変え、住民がサービスと負担の結びつきを自分自身の肌で感じられるような仕組みに切り変えていく必要があるのです。
その改革の第一歩になるのが、いわゆる三位一体改革です。小泉総理には、今回国民から与えられた強力な権限─スーパーパワーを用いてこの国の行政の仕組み、統治構造を切り替え、深刻な財政危機を乗り切るための基本的な枠組みをつくってもらいたい。私はそのようなことにこそ、小泉スーパーパワーは使われるべきであると思っています。
2005(平成17)年10月掲載
石原 信雄 1926年生まれ。 52年、東京大学法学部卒業後、地方自治庁(現総務省)入庁。82年財政局長、84年事務次官、87年(~95年)内閣官房副長官(竹下、宇野、海部、宮澤、細川、羽田、村山の各内閣)を務める。 現在、公益社団法人日本広報協会会長、一般財団法人地方自治研究機構会長。 |