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石原信雄の世相診断 Vol.18

災害への備えは万全ですか

今年(2005(平成17)年)は阪神・淡路大震災が発生してから10年目に当たります。当時、私は内閣官房副長官の職にあり、政府の災害対策の取りまとめを行う立場にいましたので、今も10年前の出来事が、昨日のことのように鮮烈な記憶として残っております。

思い出されるのは、当時、地震発生直後の救援活動に大きな遅れがあったと指摘されたことです。事実、地震発生直後、総理大臣官邸には現地の状況がほとんど届きませんでした。周辺地域の被災状況は伝わってくるのですが、肝心の神戸市をはじめ被害の大きかった地域からの情報は全く入ってきませんでした。考えてみれば、揺れの激しかった地域では、通信手段がすべて破壊されてしまい、連絡のしようもなかったわけです。

確かにそれまでの政府の体制は、決して万全とは言えませんでした。一例を挙げれば、政府の防災担当窓口である国土庁(当時)防災局には、当時、宿直の担当者を置いていませんでした。そのため、早朝の地震発生直後に連絡態勢を速やかに取ることができず、それも大きな反省点となりました。

私はそうした苦い経験から、災害発生直後の早い段階から政府関係機関が行動を起こせるように、災害情報が総理大臣官邸に24時間、ダイレクトに届くシステムをつくりました。以降、その仕組みは制度面、運用面で大きく改善され、ますます充実してきていることはうれしい限りです。

そういった当時の経験から私が考えるのは、災害対策というものは現地からの被害報告を待ってから行動を起こすのでは遅い、地震計に一定水準以上の数値が出たならば、直ちにそれに基づく被害想定を行い、必要な行動を取れるようにすべきだ、ということなのです。

 

犠牲者を生んだ避難勧告の遅れ

わが国は災害列島といわれるように、さまざまな災害に見舞われやすい地理的・気象的条件の下にあります。特に昨年(2004(平成16)年)は、7月の福井県、新潟県、福島県を襲った集中豪雨から始まり、夏には過去最多の台風上陸に見舞われました。特にそのうちいくつかの台風は本土を縦断し、各地に大きなダメージをもたらしました。さらに10月には、新潟県中越地震が発生し、大きな被害をもたらしたことは記憶に新しいところです。

また海外では、12月26日にインド洋のスマトラ島沖で巨大地震が発生し、津波によって周辺国に死者30万人を超える大きな被害をもたらしました。また、今年(2005(平成17)年)に入ってからは、これまで大きな地震がほとんどなかった福岡県西方沖の玄界灘で震度6弱の地震が発生し、地域によっては大きな被害を生んでしまいました。

昨年の中越地震では、10年前の阪神・淡路大震災の経験が生かされ、消防、警察、自衛隊などの関係組織は、たいへん迅速に救援活動に従事されたと思います。しかし、夏の集中豪雨の際は自治体によって差が生まれ、避難勧告などの遅れが生じたところでは、多くのお年寄りが逃げ遅れて犠牲になるという痛ましい事故も起こっています。

 

災害は忘れぬうちにやってくる

気象庁などによると、今後、東海地震や東南海地震の発生は避けられないそうです。そしてそれらは、過去の地震と比べてみても、第一級の被害をもたらす可能性が高いと指摘されています。

一方、政府の中央防災会議には、首都直下型地震についての専門調査会が設けられており、去る2月25日、首都直下型地震が発生すると最悪の場合、経済的被害が120兆円、被害者は最大700万人に上ると発表していました。

「災害は忘れたころにやってくる」ということわざがありますが、昨今のわが国の状況をみてみると、「災害は忘れぬうちに次の災害がやってくる」と言わざるを得ません。そう考えると、行政や広報に携わる私たちには、いつ災害が起きても住民の生命と財産を守れるような危機管理体制を整えておく必要があるのです。

すでに中央政府や都道府県では、それなりの危機管理体制はできています。しかし、住民生活に最も密着した市町村ではどうかといえば、危機管理体制ができている団体もあり、またできていない団体もあるというのが現状のようです。

特に、過去に大きな災害のなかった地域には、「災害はよそ事」と思う意識がどこかにあり、十分な備えがなされていない現実があるのではないでしょうか。去る3月20日に発生した福岡県西方沖地震では、「災害はよそ事」という甘い考え方が通用しないことを思い知らされました。これまであの地域については、地震が来るという予測は全くありませんでしたので、一層その思いを強く感じます。

 

「防災計画を生かす広報」に期待する

危機管理体制というものは、国や県や市町村の行政レベルでしっかりした体制をつくることももちろん大事ですが、要はその危機管理体制がいかに住民の間に浸透しているかが重要になります。ところが残念なことに、立派な計画ができているのに、住民がその計画についてよく知らなかったり、あるいはいざ災害が発生したとき、住民一人一人がそれにどう対応するかという訓練が全くなされていなかったりするケースが少なくないのです。

私は、これからは市町村レベルでの危機管理体制をしっかりつくっておくとともに、その体制の下で住民一人一人が直ちに行動できるよう日ごろから訓練を実施しておくことが非常に重要であると思っています。日ごろから防災訓練が実施されていなければ、せっかくの防災計画も絵に描いた餅(もち)に終わってしまう恐れがあるのです。

そしてもう一つ、災害に対する備えを住民の皆さんに徹底してもらうためには、自治体の広報がなくてはならない重要な役割を果たすと思っています。災害に対する広報活動は一度実施すればもうやらなくてもいい、というものではありません。毎年毎年の広報活動の中で、住民の方々へ災害に対する備えを強く訴えていただきたいのです。

さらに言えば、その広報活動と一体的に防災訓練が行われることが望ましいと思います。広報が防災訓練への参加を呼びかけ、その防災訓練の模様をまた広報が広く伝えていくのです。こうした自治体主導の下で、一人でも多くの住民が参加する防災訓練が行われることが望まれます。

一方、市民の皆さんは、いかがですか。日ごろそのような訓練に参加したことがありますか。人間というものは、頭の中で描いていただけでは何もできません。理論を分かっただけでは水の中で泳げないように、実際に体を動かしてみないとだめなのです。災害は常に起こるものとして、私たちはその備えを怠ってはなりません。どうか毎年一度は防災訓練に参加しましょう。

2005(平成17)年3月掲載

石原信雄の写真 石原 信雄

1926年生まれ。
52年、東京大学法学部卒業後、地方自治庁(現総務省)入庁。82年財政局長、84年事務次官、87年(~95年)内閣官房副長官(竹下、宇野、海部、宮澤、細川、羽田、村山の各内閣)を務める。
現在、公益社団法人日本広報協会会長、一般財団法人地方自治研究機構会長。

 

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