政府は、市町村が2005(平成17)年3月31日までに合併をした場合には、財政援助を中心に多くの特例措置によって、合併を支援することとしています。
市町村が合併するとなると、関係市町村の事務の統一などたくさんの手続が必要になります。そのため、2005(平成17)年3月31日までに合併を行おうとすれば、遅くとも来年いっぱいまでに合併の結論を出すことが必要になると思います。その意味で、市町村の合併は今年と来年がいわば山場になると言っていいでしょう。
さて、政府が何ゆえに今、市町村の合併を推進しようとしているのか、その理由や背景について、考えてみたいと思います。
2000(平成12)年4月1日から地方分権一括法が施行され、地域それぞれの行政課題はその地域の地方自治体、特に市町村が中心になって解決するようになりました。そして、国と都道府県、都道府県と市町村の関係は従来の上下主従の関係から対等・協力の関係に変わってきました。すなわち、市町村自らその地域の行政課題を主体的に処理しようということですから、当然、その市町村自体が相応の行財政能力をもつことが必要になります。
ところで現在、わが国の市町村は3,223あります。市町村の中には、横浜市の人口340万を筆頭に、政令市や中核市など都道府県に匹敵する、あるいはそれを越えるような行財政能力をもった団体もありますが、大部分の市町村は人口5万未満の小規模団体です。
小規模の市町村では、地域の問題を処理するにあたって、たとえ意欲はあっても現実にその課題を処理するのに必要な財源がなかったり、あるいは必要なスタッフがいなかったりするケースが多く見受けられます。しかしながら、21世紀の地方行政を考える場合、市町村がその期待される役割を十分に果たしていくためには、小規模市町村はなるべく合併して、相応の行財政能力をもつ団体に生まれ変わる必要があります。
これまで、小規模市町村が地域の問題を処理する上でどのように対応してきたかというと、多くの場合、国の指導を仰ぎ、都道府県の支援を得て進めてきました。行政的にも、財政的にも国や都道府県の手厚い支援があったわけです。
そのため現在でも、小さい市町村は小さいなりに、きめ細かな行政サービスを提供することができますから、いま、あえて合併する必要はないのではないかと主張する市町村長さんや議会の方々がたくさんいることも事実です。
しかし、これからの地方行政を展望しますと、従来のような国や都道府県による行政面あるいは財政面での手厚い支援措置は期待できなくなると考えるべきです。その理由は、まず、財政危機の影響です。わが国は経済の長引く不況の影響もあり、現在、深刻な財政危機に陥っております。
小泉内閣は、この状態を一刻も早く乗り切るために、経済構造改革や行財政改革を行うこととしております。特に財政改革の面ではこれ以上、国、地方の借金を増やさないようにするために歳出の徹底した見直しを行う方針です。
中でも、小規模市町村にとって大きな支えとなっている地方交付税の在り方について、経済財政諮問会議を中心に、その抜本的な見直しを行うべしという意見が強くなっています。
従来、政府は地方交付税の配分にあたり、その総額が足りないために、交付税特別会計が巨額の借金をすることによって所要額を確保してきました。そして、配分にあたっては、いわゆる傾斜配分を実施してきました。段階補正、事業費補正などの方法によって、小規模の市町村が行政水準を引き上げられるように地方交付税を傾斜的に配分してきたのです。
このような地方交付税の配分について、経済財政諮問会議は、まず、財政危機から脱却するために交付税特別会計の借入金をできるだけ早くなくすべきであると主張しています。そして、地方自治体の真の自立を促すためには今後、地方税を増強し、地域の行政サービスは地域の住民が地方税で直接負担する形を強化すべきであると言っています。そして、そのこととの関連で、国庫補助金や地方交付税を減額することもやむをえないと主張しています。
このような状況の変化を考えると、小規模市町村にとって、従来のように地方交付税の傾斜配分を前提として住民サービスを維持し向上していくことは、今後は期待できなくなります。
したがって、財政的な見地からしても、行政コストが割高となっている小規模な市町村は可能なかぎり合併することによって、より少ないコストでより効率的な行政サービスを確保する道を選ぶべきであると思います。
加えて、世の中の変化というものを考えた場合に、小規模市町村が現状のままで地域の行政を維持していけるかどうか、心配な要素が多々あります。たとえば、人口の急速な高齢化、総人口の減少などは、小規模市町村にとってはそもそも自治体としての存立の基盤を危うくする心配があります。いまのうちに、できるだけ大きな規模の団体に生まれ変わっておく必要があると思われます。
そのほか、地方行政の運営に大きな影響をもたらす環境問題の深刻化、あるいは経済や文化、社会などさまざまな分野で進むグローバル化の影響、さらにはIT革命に伴う行政の情報化等、これからの市町村を取り巻く環境の変化を考えると、ここで思い切った市町村の再編成が必要になってくると思われるわけです。
市町村の合併については、いつの時代にも反対がつきものです。たしかに住民にとって、長い間慣れ親しんできた市町村の行政区域が変わるわけですから、どうしても不安になります。 たとえば、合併すれば当然、役場の数が減ります。身近にあった役場がなくなり、新しい市役所が遠くにできるとなると、日常生活が不便になるのではないかという合併反対の意見がよく聞かれます。
たしかに、いままであった役場がなくなるということになれば、一般的には、住民にとって不便になることは否定できません。しかしながら、住民の日常生活にかかわる市町村の窓口事務は、あまり多くはありません。 とはいえ、たとえば住民票、戸籍、その他納税の問題などについてはたしかに不便になる心配があります。こうした住民サービスにかかわる事務については、従来の役場の施設をそのまま新しい団体の支所とか出張所とかにして、そこに事務権限を委任するという方法を採れば、大部分の住民の心配は解消できると思います。 いわんや今日、道路事情は格段に良くなっていますので、車で行くとなれば、それほど不便になることはないはずです。もちろん、車の運転ができない高齢者をどうするのかという反論が起きますけれども、その点は窓口事務の処理の仕方で、かなりの部分は解消できると思います。
それからまた、市町村が合併すると、中心になる地域はいいのですが、周辺部の町村は過疎化が進むのではないか、廃れてしまうのではないかといった反論が聞かれます。この点については、合併にあたって必ず新しい市町村の建設計画を作りますし、また、市町村合併特例法の中では、旧合併市町村の区域ごとに、その地域の問題を専門的に審議する審議会のようなものをつくり、地域住民の皆さんの声を汲(く)み上げる仕組みを検討しております。したがいまして、合併により即、周辺の区域が廃れるという議論はあたらないと思います。要は、合併後の市町村をどのようにつくっていくかによるものであると考えられます。
ともあれ21世紀のわが国を展望する場合、経済の面でも市民の生活の面でも多くの変化が予想され、その変化に対応する努力をそれぞれがしていかなければならないと思います。現に企業は、生き残りをかけて大規模なリストラを行っています。また、従来は考えられなかったことですが、ライバル関係にあった企業が合併して今後に備えるというケースもたくさん見られます。
市町村の場合も事情は同様でありまして、これからの厳しい環境の中で住民の生活を守っていくためには、合併によって市町村の基礎体力を強化する努力をすべきであろうと思います。 政府が市町村の合併を進めていることについて、それは国の都合であって、国は経費を節減するために市町村に合併を押しつけていると批判する人もおりますが、私は、これは全く皮相的な見解だと思います。なぜなら、わが国の経済の基調の変化あるいはこれからの財政状況といったものを総合的に勘案しますと、政府が従来と同様の形で小規模市町村の財政支援を続けることは不可能だからです。
そういう状況のもとで、市町村が限られた財源の中で住民生活を守っていくためには、行政の効率化、コストの引下げを行わざるをえません。 その意味で私は、市町村の合併は住民の生活を守るために行われるものであって、けっして国や県のために行うものではないことを、この際はっきり認識していただきたいと思います。
2002(平成14)年2月掲載
石原 信雄 1926年生まれ。 52年、東京大学法学部卒業後、地方自治庁(現総務省)入庁。82年財政局長、84年事務次官、87年(~95年)内閣官房副長官(竹下、宇野、海部、宮澤、細川、羽田、村山の各内閣)を務める。 現在、公益社団法人日本広報協会会長、一般財団法人地方自治研究機構会長。 |