内閣府に設置されている経済財政諮問会議(議長・小泉純一郎首相)は、2001(平成13)年6月21日、これからのわが国の経済政策や行財政運営の基本方針を決定しました。
経済運営については、長引く景気低迷の根本原因となっている不良債権の最終的な処理を2、3年のうちに完了するという方向を打ち出しています。不良債権を払拭(ふっしょく)する力のない企業については、漫然と金融支援を行うのではなく、直接償却を行うなど最終処理をしてしまうという厳しい内容となっています。かなりの数の失業者が出ることは避けられません。失業者をどのように救済していくか、いわゆるセーフティネットをどう構築していくかがこれからの大きな課題となってきます。この点は、地方公共団体も大いに関係する問題です。
しかし、このような痛みを伴う不良債権処理をしないことには、本当の意味での景気対策はできないというのが小泉内閣の基本認識となっており、こうした内閣の姿勢が国内のみならず海外からも高く評価されていますので、今後、2002(平成14)年度の予算編成などを通じて、着実に実行に移されていくであろうと思います。
財政運営については、これまでは、財政の立て直しを優先させるか景気対策を優先させるかについて国内でも議論が分かれており、森内閣までは、景気対策を優先し、財政の立て直しについては景気がある程度回復した後に着手するという方針が採られてきました。
これまでの経過をみますと、景気対策のために巨額の国債や地方債が発行されてきましたが、必ずしもその効果が十分に上がっていない、いうなれば、従来のやり方では財政赤字が累積していくだけであり、経済の再生に向けて根本的な解決にはなっていないというのが小泉内閣の考え方です。
そこで、今回の基本方針では、2002(平成14)年度から国債の発行額を30兆円以下に抑制することにより、政府予算を思い切って削減する、本当に必要な経費に限定するという方向を打ち出しています。
今年度の予算審議の際に財務省が国会に提出した財政の中期展望によりますと、現行制度を前提とする場合、平成14年度の一般会計予算を編成するためには33.3兆円の国債発行が必要であると試算されています。これを30兆円以下に抑えるということは、3兆3千億円の歳出の削減を意味します。では、この歳出削減をどの分野で具体化するかとなると、これは大きな議論になると思われます。
しかし、内閣としては何としてもこの方針を堅持したいとしており、できるだけ近い将来、いわゆるプライマリー・バランスを回復する、すなわち新たに国債の発行をしないで予算編成ができる状態にもっていきたいとしています。したがって、予算編成における歳出の徹底した見直しが当分続くとみなければなりません。
当然、国の財政と地方財政は深く結びついていますから、地方自治体の財政運営にも大きな影響をもたらします。各自治体の予算編成においても経費の徹底した見直しや削減が求められることはいうまでもありません。
社会資本整備については、公共事業予算の全面的な見直しが打ち出されています。特に、公共事業の中でもウエートの高い道路関係費は、道路目的財源の見直しが柱となっています。
これまで、ガソリン税など道路関係の税については、すべて道路関係の経費に充てる、それ以外の経費に充ててはならないということになっており、このことが道路予算を大きく伸ばしてきた原動力になってきたわけです。しかし、公共事業全体の見直しを行う上で、こうした道路財源の使途の制約は今後見直していくべきだというのが小泉内閣の方針になっています。
そうなると、当然、道路予算の地域的な配分にも影響をもたらし、同時に、公共事業全体の在り方にも影響を与えることになります。その結果、新しい時代に真に必要な事業に重点的に配分されるようになり、これまで長期計画等に基づいて半ば惰性で実施されてきた公共事業を根本から見直す重要な契機になると思われます。
このことは、各地方自治体における道路や港湾、河川、その他の公共施設の整備についても大きな影響があることを認識する必要があります。
社会保障制度については少子高齢化の進展もあり、医療費や年金、介護の面で、毎年度、大幅な予算の伸びを示してきたわけですが、中でも特に老人医療費の伸びが顕著で、これをある程度抑えないことには社会保障費の重圧で国の財政が破綻するのではないか……という指摘がなされています。そこで、今後、老人医療費の伸びを抑制するための具体策が示されることになると思います。
当然、社会福祉の第一線の担い手である地方自治体の福祉行政にも大きな影響が出てくると思います。大事なことは、社会福祉行政は聖域である、手を触れてはならないという従来の考え方は変わっていかざるをえないということです。社会福祉の分野でも、財政の制約の中で見直しが行われるのだということです。
私どもが最も強い関心をもっているのは、国と地方の財政関係の見直しです。
経済財政諮問会議は、今後、国から地方に支出される補助金や地方交付税を見直して、地方の自立を強めるために地方税を増やすこと、国税から地方税への税源の委譲を含めて国と地方の間の財政関係を見直していくこと、そうした過程で、地方交付税の額を決定する上で重要な役割を果たしている地方財政計画の歳出内容を徹底的に見直すことにより、地方財政の健全化を図ろうとしています。
これは、地方自治体の今後の行財政運営・予算編成に決定的な影響をもたらす問題です。特に地方交付税の配分は、現在では税源に恵まれていない自治体も恵まれている自治体も、その財政支出についてはほとんど差がない程度にまで調整が行われています。このことが、地方自治体の自主自立性を阻害している、自立の精神を妨げているとかねてから指摘されているところです。
これからの地方自治は、地方自治体が自らの責任と判断で運営していくべきであって、そのために、税財政制度も根本的に改めて、補助金や地方交付税など国からの依存財源を減らし、地域の住民が直接経費を負担する地方税の充実確保がいわれています。
これは、地方分権を実効あらしめるためにはたいへん好ましい方向であるといえるわけですが、しかし一方で、やり方いかんによっては、税源に恵まれない地方自治体にとっては非常にシビアな問題を提起します。
いずれにしても、具体的な改革をどのように行うか、これから予算編成等で明らかになるわけですが、概して、従来に比べ地方自治体の行財政運営はより厳しくなることは避けられない状況にあります。
雇用対策ですが、不良債権の最終処理を3年の範囲内で行うとなると、かなりの失業者が出ることは避けられません。失業者を救済する、さらに将来に向けて雇用機会を増やすために新しい企業の育成、あるいは失業と雇用のミスマッチを解消するための職業訓練の強化、その他の支援が必要になってきます。
特殊法人については、抜本的な改革を行うことにより国の財政支出を整理縮減していく方針を打ち出しています。地方自治体にあっても、各種の外郭団体等の見直しを行う上で一つのヒントになるのではないかと思います。
いずれにしましても、経済財政諮問会議が今回示した経済や財政運営の基本方針は、これからのわが国の姿、形を変えていく可能性を秘めているということを認識していただきたいと思います。
2001(平成13)年7月掲載
石原 信雄 1926年生まれ。 52年、東京大学法学部卒業後、地方自治庁(現総務省)入庁。82年財政局長、84年事務次官、87年(~95年)内閣官房副長官(竹下、宇野、海部、宮澤、細川、羽田、村山の各内閣)を務める。 現在、公益社団法人日本広報協会会長、一般財団法人地方自治研究機構会長。 |