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連載コラム

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広報って何? 悩める広報担当者の右往左往

公開日 : 2025年4月23日

第3回 ネットワークの力

はじまりは月刊『広報』

 悩みながらも一歩一歩前進していた私の広報生活にコペルニクス的転回をもたらしたのは、全国の広報担当者との出会いでした。

 最初の出会いをくれたのは、月刊『広報』です。当時、月刊『広報』に、その道のプロの先生たちが広報紙を診断してくれる「広報クリニック」という人気コーナーがありました。ある日、ページをめくりながらそのコーナーを開いた瞬間、私の手が止まりました。

 「え? これあり?」

 そこに載っていたのは、新潟県安塚町(現・上越市)の『まちだより やすづか』の見開きページでした。見出しが「イベント おべんと 手弁当 この秋も何かと忙しそうな気配です」。文章は軽やかで、まるで友だちのように話しかけてきます。何といっても住民との距離感が近い! 表現が明るく柔らかい!

 「す、すごい! これやっていいんなら、やってみたい!」

 この瞬間に、私の中にあった自治体広報紙のカタいイメージが崩れ始めました。思い込みと先入観に穴が開いて、そこから明るい光が差し込んできた感じです。

 すぐに安塚町役場に電話しました。広報担当のTさんは、突然の電話なのに明るく対応してくれ、広報紙の交換のお願いも快く受けてくれました。これが全国の広報仲間たちとの最初の出会いでした。

 

 

広報仲間との交流

 Tさんとやり取りをするようになってからしばらくして、全国広報広聴研究大会が鹿児島で開かれることになりました。それを機に、鹿児島に行った全国の広報ネットワークのメンバーが、長崎に立ち寄ってくれることになりました。 安塚町のTさんの紹介でした。

 やってきたメンバーは30人ほど。とにかく元気で、お酒の飲み方も破天荒で、すっかり圧倒されてしまいました。広報ネットワークというより酔っ払い軍団でした(笑)。でも、とてもハートのある人たちだということは、すぐに分かりました。

 驚いたのはその後です。彼らは帰った後、自分たちがつくった広報紙を送ってくれました。どれも素晴らしい広報紙でした。彼らは酔っ払いではなく、いや酔っ払いだけど単なる酒飲みではなく、実はすごい人たちだったのです。

 それ以来、機会あるたびに全国のあちこちに出かけて、広報仲間たちと交流するようになりました。広報セミナーや全国大会はいつも、集まる格好の機会でした。

 規模も、位置も、歴史も、産業も、暮らしのありようも違うまちで、広報の仕事に頑張っている仲間たち。広報の大ベテランもいれば、初心者もいます。にぎやかに騒ぐ人、冗談ばかり言う人、物静かな人…担当者のタイプもさまざまです。そんな多様な仲間たちの中に身を浸していると、特に真面目に仕事の話をしなくても、刺激とパワーをもらうような気がしました。みんな前向きなエネルギーを持つ仲間たちだったからです。

 そのパワーのおかげで、長崎市の広報紙も少しずつレベルアップし始めました。

 

 

ネットワークの力を応用

 それならと周辺の市や町の広報担当者に声をかけて、身近な広報ネットワークをつくり、時々集まることにしました。すると、なんとそのメンバーが翌年の長崎県広報コンクールの賞を独占してしまいました。飲み会ばかりしていたような気がするのですが…(笑)。この経験はネットワークの力を確信させる出来事でした。

 広報仲間たちと出会うまでは、文字どおり“井の中の蛙”だったと思います。井戸の外に飛び出して大海に出てみると、そこには自分たちとは違う多様な広報のあり方がありました。それは刺激になるだけでなく、さまざまな広報と出会うことで自分たちの現在地を知ることができました。共通点を見つけることで、広報の本質を考える機会にもなりました。

 その後現在まで、職員ネットワーク、まちづくり活動ネットワーク、地域コミュニティネットワーク、自治体ネットワーク、世界の平和都市ネットワークなど、さまざまなネットワークに関わることになりました。時代の流れとともに、ネットワークをつくり、動かし、参加することの大切さは、ますます大事になっていると思います。その最初の体験をさせてくれたのが広報仲間たちでした。

 この出会いのおかげで、私の広報の旅はぐんと楽しく豊かなものになりました。そして、仲間たちは私にたくさんの“考えるヒント”をくれました。

 次回は、そのお話をしたいと思います。

 

 

執筆者紹介
田上 富久(たうえ とみひさ)

1956年長崎県岐宿町(現・五島市)生まれ。80年長崎市役所入庁。26年7か月の職員時代のうち13年6か月が広報担当。2007年4月長崎市長就任。23年4月まで4期16年務め、その間、長崎県市長会会長、九州市長会会長のほか、被爆都市の市長として、日本非核宣言自治体協議会会長、平和首長会議副会長などを務める。好きな言葉は「一隅を照らす」「人間万事塞翁が馬」。現在は、長崎地域力研究所代表などを務める。

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