このページの本文へ移動
連載コラム

連載コラム

広報って何? 悩める広報担当者の右往左往

執筆 : 田上富久(前長崎市長)

公開日 : 2025年4月18日

職員時代に13年6か月にわたって広報を担当。その後16年に及ぶ市長在任中も広報の大切さを実感してきた前長崎市長・田上富久さんによるエッセイです。

第2回 真似は王道

頭は真っ白 目の前真っ暗

テレビ担当から印刷物担当の係に変わった時のことは忘れられません。

新しい係に行くと、ちょうど先輩と係長が雑誌を開いてレイアウトの話をしているところでした。

「このレイアウト、斬新ですね」

「おもしろいね」

私ものぞき込んでみましたが、何が斬新なのか、何がおもしろいのか、さっぱり分かりません。

当時はDTPではなく、まだ紙にレイアウトしていた時代です。新しい係でグラフ誌の担当になった私も、レイアウト用紙と向かい合うことになりました。

机の上に置いて、さて作業開始とばかり鉛筆を持ってみました。でも、その鉛筆をどこに下ろしたらいいのかがまったく分かりません。

「ど、どうすれば…。レイアウトって何?」

白い紙に薄い四角が規則的に並んでいるのを眺めながら、紙だけでなく頭の中も真っ白。目の前は真っ暗になりました。

「これからこの仕事をやっていけるだろうか…」

 

 

真似してみよう!

仕方がないので、レイアウトの本を読んで基本を学ぶと同時に、本屋に行って雑誌を何冊も買い込んで眺めることにしました。もちろん先輩たちがつくったものや、全国広報コンクールの入選作にも片っ端から目を通してみました。

とはいえ、急に力がつくわけはありません。とりあえず、応用できそうなものを探して、こっそり真似てみることにしました。最初はうまくいきませんでしたが、何度も何度も先輩のダメ出しを受けながらやっているうちに、少しずついい感じになってきました。たまには先輩に褒めてもらうことも出てきました。

「真似って捨てたもんじゃないな…」

そのころ受けた研修で、講師の方が「学ぶ」の語源は「真似ぶ(まねぶ)」だと教えてくれました。たしかに、真似を繰り返しているうちに、レイアウトの本に書かれていることも、より理解できるようになりました。藁をもつかむ気持ちでやってきたけど、真似から入るのは、邪道ではなくむしろ王道なのかもしれない、と思うようになりました。

このころの私の座右の銘は「レイアウトに著作権はない!」です(笑) 。

しばらくすると、情報に合わせてさっさとレイアウトしている自分がいました。でも、それは自分で生み出したのではなく、たくさん見た誰かのレイアウトのアレンジであり、組み合わせだということは分かっていました。もちろん、それが単なるモノマネではなく、とても創造的な作業であることも。

いつの間にか、頭が真っ白になることも、目の前が真っ暗になることもなくなっていました。

 

 

真似って奥が深い

そのうち、真似にもコツがあることが分かってきました。真似できるもの、真似できないもの。真似したほうがいいもの、真似しないほうがいいもの。そういう見分けができることが大事だし、アレンジや組み合わせの仕方によっても出来上がりが全然違ってきます。

「真似って奥が深い」

考えてみると、ほかの自治体の視察なども真似の一種ですが、単純に真似をして失敗する事例は山ほどあります。自治体によって状況が違うし、先進都市が苦労して試行錯誤しながらやっとたどり着いた地点にワープできるほど甘くはありません。

でも、あくまでも自分のまちで実践することをイメージし、主体性を持って、足りない部分のヒントを探そう、という当事者意識を明確に持った視察だと、得るものの歩留まりが高くなります。「これはうちのまちには応用できないな」といった“目利き”も的確にできるようになります。

それに本気さや真剣さが違うので、担当者によっては普段は話さないような苦労話や失敗談を教えてくれることもあります。苦労話や失敗談には多くのヒントがあるので、これはとても大きな収穫です。もちろん、学ばせてもらっていることへの感謝や謙虚さ、相手へのリスペクトが不可欠なことはいうまでもありません。

「真似は王道」

私の心の引き出しの中に今も残っている基本の一つです。

 

 

執筆者紹介
田上 富久(たうえ とみひさ)

1956年長崎県岐宿町(現・五島市)生まれ。80年長崎市役所入庁。26年7か月の職員時代のうち13年6か月が広報担当。2007年4月長崎市長就任。23年4月まで4期16年務め、その間、長崎県市長会会長、九州市長会会長のほか、被爆都市の市長として、日本非核宣言自治体協議会会長、平和首長会議副会長などを務める。好きな言葉は「一隅を照らす」「人間万事塞翁が馬」。現在は、長崎地域力研究所代表などを務める。

戻る

このページトップへ